簡便な試し焼き
「B to B (黒レベル合致式)テストプリント法」について
小山貴和夫
1、特徴
1)ネガのスヌケ(未露光)部分が印画紙上で真っ黒になるように露光量を調整し露光します。(実際には印画紙の最高濃度よりやや淡い黒)つまり黒の基準を作るということです。
そのネガのスヌケ部分から+8段階(8EVあるいは8絞り)露光オーバー(実は128倍の露光量になる)のところが印画紙の白になるという印画紙のラチチュードを利用した考え方です。つまりネガの未露光部分を印画紙の黒になるように露光量を決めてシャドウを合致させ、ハイライト側は成り行きに任せるというものです。印画紙のラチチュードを越えて白く飛んだ部分の描写は、焼き込みというテクニックで処理することになります。
2)露出や現像の過不足はそのまま反映します。従ってリバーサルカラーフィルム同様に慎重な露出をおこなっていただくと効果的です。
3)一本のネガフィルム、拡大率、絞り値、現像液という条件が同じならば1回のテストで、どのコマからも良好なストレートプリント(注:1)を作っていただけます。
4)多階調印画紙の場合は、0号から3.5号まで同じ感度ですから同じ露光量(同じ回数)で良いことになります。VCフィルターの濃度による若干のばらつきは誤差の範囲に入ります。なお号数別印画紙は、号数により感度が異なりますので、号数別にテストプリントを行う必要があります。
2、目的と経緯
ストレートプリントを得るための簡便なテストプリント法の開発が目的でした。
写真教育の現場で暗室実習を担当するものとして、学生たちがテストプリントを怠っている様子に気が付いていました。彼等の言い分は、「自分のネガは一定した調子にあがっているので、テストプリントの必要は無い。」とか「私は勘で露光秒数を決めている。」というものでした。また高校の写真部を訪れて指導してみると「先輩が、キャビネは3秒、六切りは8秒と教えられました。」と答え、結果的に白っぽいプリントや黒っぽいプリントでもお構いなしというのが実状でした。そこでおっくうがる彼等でも、簡単にできる何か良いテストプリント法はないだろうかと考えてきました。
自分自身はどのようなテストプリント法を行ってきたのか、約35年の写真人生を振り返ってみました。高校時代はハンザの「引伸露光計・回転式」(一部改良されて現在も販売されている)を使っていました。指導者のいない中、先輩などから教わりながらモノクロ・プリントを楽しんできました。
1967年、私は上京して東京綜合写真専門学校で学びました。ここでのテストプリントの方法は、短冊状の印画紙を画面の重要な部分の明部から暗部までかかるように置き、段階露光をおこなうものでした。1回目は、まず5秒→10秒→20秒というように倍ずつ露光して、まず白っぽくて使いものにならない露光量(少ない)と黒すぎる露光量(多すぎる)を両端に作り、その間にあるはずの適正な露光量を探すというものでした。 2回目は、8秒から16秒ぐらいの間に適正露光時間があると予測し、8秒→10秒→12秒→14秒→16秒と2秒ステップの段階露光を行います。3回目は更に予測を狭め、11秒→12秒→13秒→14秒と1秒ステップで細かく段階露光を行います。 4回目は、13秒が良いとなれば13秒でもう一度確認のためのテストプリントを行います。
この露光秒時で良ければ、所定のサイズの印画紙をイーゼルにセットして露光を行い、現像すればストレートプリントの完成です。とにかく時間のかかる作業をしていました。 1996年11月のある日曜日の夜、フッと思いついたのがこの方法でした。翌月曜日は授業日で暗室作業のありましたので、昨晩のアイデアを、T君に実験してもらいました。一発でストレートプリントができたのです。 実は当時、中島秀雄先生の「ゾーンシステム・ワークショップ」で学んでいました。その折り「ゾーンルーラー」(注:2)の製作で露光量を決める方法として使われていたSNPT(注:3)を利用すれば、ストレートプリントが簡単に作れるのではないかと考えたのです。 |
3、名前ついて
当初は、発想の経緯から「SNPTテストプリント法」と名付けていました。しかし頭文字を並べたものではなかなか覚えてもられなかったことと、名前の由来を説明するとき印画紙の特性曲線を説明しなければならず面倒でした。そこで他に良い名前はないかと考えていました。
ネガのベースを印画紙の最高濃度に合わせる方法なので「黒レベル合致式テスト」、英訳すれば「Harmonize Black which Black System」ということになろうかと思いますが、やや問題がありますが覚え安さ印象度から「B to B (Black to Black)テストプリント法」と名付けました。
4、手順
ネガの未露光部分を印画紙上に投影(露光)した部分が、現像処理後のプリントで最高濃度(黒)よりやや低い濃度(最高濃度よりかすかに淡い黒)の部分の露光量(ここでは露光回数)を求め、その回数でプリントしたいネガを露光すると良好なストレートプリントが得られるという方法です。
@、現像し乾燥させたネガの端にある未露光部分1コマ分を半裁します。(ネガ別にかならず作っておくこと)※すでにあるネガの場合はこの未露光部分は捨てられていますので、万一傷が付いても良い(絶対にプリントしない)コマのパーフォレーション部分を使ってください。
A、引き伸ばしするネガをネガキャリアに入れ引伸機にセットし、拡大率を決めピントを合わせます。
B、@で作った未露光部分をネガキャリアにセットします。(図-1)
C、引伸し機を点灯すると、イーゼル上は半分暗く半分は明るいという状態となります。(図-2)
D、消灯して、絞り値をF11前後にセットします。
E、多階調印画紙を使用している場合は、2号フィルターをフィルターボックスにセットします。
F、短冊状の印画紙を、Cの明暗の境目が中心になるように置きます。(図-3)
G、タイマーの秒時を合わせます。このときの目安は、多階調印画紙の場合は、キャビネ判なら2秒、8×10判なら3秒、四切り〜半切なら4秒、全紙以上ならば5秒となります。号数印画紙ならばそれぞれ1秒を減じてください。
H、8×10判の場合、まず全体に3秒露光します。次に10ミリほど遮光して、2度目の露光をします。以下10回ほど遮光と露光を繰り返して段階露光をします。
I、この短冊状の印画紙を現像処理します。定着終了後30秒ほどの仮水洗を行い明室で観察します。
J、印画紙の片方(ネガキャリアでネガの無い部分)は、数段階目で急激に黒くなっています。一方(ネガの未露光部分)は、幾つものグレー段階をつくり緩やかに黒くなっていきます。
K、ネガの未露光部分を透過してきた光が作り出したグレーの段階の境目を探します。(図-4)もう後の境目は見えないという最後の境目の次が何回目の露光なのかを数えます。※見え難い場合は、光の向きなど工夫してみてください。水中で判断するか乾燥してから判断するとか、いろいろ試み見やすい方法を探してください。
L、最後に見える境目の次が何回目の露光か確認したら、テスト用ネガ(未露光部分を半裁したもの)と引き伸ばしをするネガとを入れ替えます。
M、印画紙をイーゼルにセットします。タイマーの秒時、絞り値、VCフィルターなどはそのままで、Kで得られた回数だけタイマーのスイッチを押して露光を与えます。
N、現像処理を行い、定着後仮水洗をしてから明室でプリントを観察してみましょう。立派なストレート・プリントができていることでしょう。
O、プリントは、水洗に戻し完全に処理してください。
P、プリントを乾燥させれば、ストレート・プリントの出来上がりです。良く観察して最後の露光を減じるなど調整してください。また必要ならば、ドライダウン分を最後の露光回数のところで調整したり、焼き込みや覆い焼きを施して本プリントを作ってください。
5、原理とポイント
印画紙のラチチュード(注:4)は、輝度比(明暗比)で1:160となります。つまり約8EV差(約8絞り差)。実際に質感として被写体のテクスチャーが現れるのは、6EV差。ネガの情報(濃度域)を、印画紙の再現領域(濃度域)に移し換えれば良いということになります。
その基準点が、ネガの未露光部分と印画紙の最高濃度よりやや低い(淡い)濃度となります。この二者を合致させるというのが「B
to Bテストプリント法」の理論的根拠です。
Chris Johnson 著「The Practical ZONE SYSTEM
」に次のような一節がありましたので引用いたします。「truly the minimum time it takes to make
the film base as black as it will print」
印画紙の再現領域(濃度域)からはみ出してしまう被写体の高輝度側のネガの情報(濃度)はイレギュラーなものと判断して、他の方法(焼き込みや副露光)で処理してプリントを作ると良いという考え方です。 オリエンタルG2の特性曲線(図-1)を見ていただければ解っていただけるように、印画紙はある露光量以上に露光しても印画紙の最高濃度は変わりません。露光を多くすると特性曲線は左に平行移動してしまい、結果として中間調を焼きつぶしてしまうことになります。 従って、最高濃度を得るに必要な最小露光量を探せば良いことになります。最小露光量というのは具体的には、必要な露光時間となりこれをSNPTといいます。このSNPTは、ゾーンシステムでゾーンルーラーを作るときの基準の露光時間(量)として使われています。 |
ここで注意していただきたいのは、SNPTを求めるときに『何秒の何回』という露光のかけ方をいたします。この『何秒の何回露光』というのを間欠露光(注:5)といいます。
例えば20秒連続露光と2秒の10回の間欠露光では、感光材料に至るエネルギー量が異なります。当然間欠露光の方がエネルギーのロスがあるため露光量は少なくなります。
6、考察に替えて
「B to Bテストプリント法」が簡便であることを実感していただけたでしょうか。この方法によるストレートプリントの黒のディテール、シャドウの描写のすばらしさをぜひ体験してみてください。
ワークショップなどでの経験では、「多分割測光(注:6)のカメラとネガカラーの現像処理(c-41)ができるモノクロフィルム(コッダク社のT-MAX400CN、イルフォード社のXP2)の組み合わせ」で撮影されると、初めて暗室に入った方でも良いプリントが作ることができました。従来のテストプリント法は、画面の中の重要な部分たとえば顔の部分で調子を判断して露光時間を決めるというように説明されています。実際には記憶をもとにしたイメージで印画のトーンを決めるという方法でした。つまりトーン決定(露光時間の決定)に何らの基準も持ち合わせていなかったのです。この方法ですとシャドウ部分を焼き潰してしまい、シャドウ部のデティールの分離つまりディープシャドウの描写ができないことがあったと思われます。
この考え方は入射光式露出計の測光方式と同じで、ラチチュードから外れたハイライト側およびシャドウ側は成り行きにまかせるというもので、飛んだハイライト部分は焼き込みで処理し潰れるシャドウ側は覆い焼きで処理するというものでした。この「B
to Bテストプリント法」は、ネガの黒レベル(素抜け部分)と印画紙の黒レベルを合致させる方法ですので、基本的に覆い焼きというテックニックは必要ないといって良いでしょう。しかし次の様なネガはイレギュラーなものとして別途処理しなければなりません。印画紙のラチチュードを越えたハイライト部分は、焼き込みあるいは副露光というテクニックをおこなう必要があります。また露出オーバーや現像オーバーのネガの場合は、シャドウ部分が必要な黒になるまで露光量を増やさなければなりません。従って特殊な表現以外で、「モノクロならば露出オーバーで撮影しておけば良い」とか「露出はラフでいいよ」あるいは「プリントの時、多階調印画紙を使えば良い」などという風潮は廃したいものです。リバーサルカラーフィルムの撮影と同様に露出を決めていれば、「B
to Bテストプリント法」で良好なストレートプリントを得ることができ、快適にモノクロプリントが行えます。
脚注
注:1 ストレートプリント
テストプリントで得られた秒時だけの露光で作られたプリント。
これを元に、焼き込みや覆い焼きのテクニックを用いて本プリントを作ることになります。
注:2 ゾーンルーラー
ゾーンTからゾーン[まで、1EV差の8段階のグレースケール。
ゾーンシステムではプレビジュアライズといいますが、被写体を観察して「どの部分をゾーン幾つのグレーに再現するか」予測する作業の基準とするものです。
注:3 SNPT)
Shortest Negative Printing Timeの略。
印画紙の特性曲線を参照していただければ解ることですが、ある光量以上に露光を与えても印画紙の最高濃度は変わりません。SNPTとは、最高濃度を得るための最も少ない光量(つまり露光秒時)のことです。
注:4 ラチチュード)
寛容度ともよばれ感材が明瞭に描写する許容範囲(明暗比)のこと。画像として定着し得る情報量または感材の能力と言い換えても良いでしょう。
例えば、モノクロ・ネガフィルムのラチチュードは1:160(7絞り半)といわれている。この1:160のラチチュードを持つネガの情報を、1:100のラチチュード印画紙に移し換えるのだからはみ出してしまい欠落する情報があるということを示している。モノクロ印画紙 光沢紙は1:100(約6絞り半)従って、この範囲以上に明暗の差がある場合は通常の方法では描写できない。
※半光沢紙は1:50(約5絞り半)、無光沢紙は1:25(約4絞り半)
注:5 間欠露光)
1回の露光を与えるかわりに何回にも分けておこなった場合、露光された感光材料が1回露光したときの濃度とは異なるこという。しかし、間欠露光の回数がある限度を超えると、露光量の等しい1回の連続露光と同じ濃度になる。この限度回数は、光の強度やエネルギーの形態によって変化するが、全体の露光時間に関係なく約100回が実際の目安である。(コダック写真百科事典・講談社刊より)
注:6 多分割測光)
TTL方式のカメラ内蔵露出計の一形式。ファインダー内の画面をいくつかに分割してそのそれぞれで部分で測光します。そのデーターを内蔵されているマイコンで処理してできる限り撮影条件に合った露出を決定する方法。
現在発売されているAE・AF一眼レフに採用されている。ニコンはマルチパターン測光、キヤノンは評価測光、ミノルタはハニカム測光などと各社で呼称が異なっている。
「B to B (黒レベル合致式)テストプリント法」についてのお知らせ
「B to Bテストプリント法」に対応した露光タイマーが、開発・販売されています。
仕様等の詳細は、製造元 株式会社タクトのホームページをご覧ください。販売はメーカー直売、通販のみで行います。
なお「2004年版・カメラ年鑑」(株式会社日本カメラ刊)の新製品紹介ページに掲載されています。